Mさんへ
坂野 耿一
前略
直接本題に入ります。
貴女の年齢時は何もかも良く見たり、又悪く見えたりするときのように思われますので、好きな作家となると「さて?」と首をかしげたくなるのは当然です。
が一応ミレエにしぼって下さい。
一度も原画を見たこともないのにしぼれるかという理由にこだわらないで下さい。
ミレエを選んだ私の理由は貴女がベートーベンが好きだと聞いたからです。
20世紀前半ヨーロッパの良心といわれた、ロママンロランは、ベートーベンとミレーと、ミケランジェロとトルストイの四人の伝記文学を生んでいます。
それは感動なしに読むことは出来ない最高の作品であると私は思っています。
ベートーベンとミレーは最も近い作家です。
第二の理由は複製画であるにせよ、ミレーといえば「あぁあの画」と頭に浮かぶところの作家と思えるからです。
私は、ミレーを好きな作家の一人として選ぶことを貴方におしつけたようにならないことを願っております。
○ミレエの年代
ミレエ(Millet)は1814年10月4日、フランス西に生まれる。
家は善良な貧しい農家であったが、父は教会に勤めている唱歌の指導者であった。
それからして宗教的な家柄であり、ミレエの祖母は最も深い信仰生活をしている人であった。
ミレエは幼い時より祖母の死ぬまでこの祖母に精神的な薫化を与えられ彼の一生の方向を決定づけたのもこの祖母であったということです。
兄弟8人、第2子である。
長ずるに従いその画才が周囲からみとめられパリで修業に出たのは1837年である。
23才(黄金の百年)
19世紀の前年は芸術史の上でも、フランス黄金の百年といわれているすばらしい時代を生む革命のイブキに満ちていた時代であります。
社会状勢は1830年フランス7月革命、1848年フランス3月革命があります。
美術史上、古典派(アングル)、浪漫派(ドラクロア)、自然派(テオドル・ルソオ、コロオ)、写実派(クールベ)が起こったのもこの時代であります。
音楽史の上ではベルリオースが1849年から、自己のほんとうに描きたいのもが何んであり、それを描くことに決意と情熱のかたまりとなってバルビゾンの僻村で制作するようになります。
テオドル・ルソオ、コロオ、等と共に自然派の代表作家としてそれ以降の制作をしています。
1875年1月20日死亡。ミレーが世間で認められるようになったのは、生前では4,5年に過ぎなかったということです。
○特色
自然派の作家はどんな仕事をしたかというと、それは今まで画家によって画かれていた自然の絵は人物画のそえものであったり居間か食堂の装飾品であったのを立派な芸術品としての風景画にしました。
(芸術作品と装飾品との違いは、前者は、人に感動をもたらすものであり、後者はせいぜい気分を安易にしてくれるものです)
従って観照的自然主義ではなく、自然主義的レアリズムとして、自然派を理解しなければなりません。
(この違いは感覚的に理解しなければなりませんし、区別をはっきり出来るようになって下さい。今、一応次のように感じ取って下さい。
山登りをしていい気持で自然はすばらしい、心が洗われるという態度は前者です。
受け身なんです。これに対して能動的に自然ととりくむのが後者です。
自然ととりくむ理由が……明確に意識されております。
従って自然の中の何を表現するかもはっきりしているのです。
いい気になる前者に対してむしろ、ケイケンな素朴な態度になるのが後者の態度です。)
さて、ミレーの特色ですが、これは「落穂拾い」を見ればわかると思います。
ミレーの絵は暗い。その暗さは憂愁の思いを注がれる暗さであり、何かしらんが大きい温かい包容力が働きかけてくるものを感ずるのは暗さであり、宗教的な生活の陰影がしみ出ているいる暗さであります。
ミレー自身、ほんとの芸術は心を快楽的にするものではなく、人間性に対する闘いであって、苦痛から脱れようとする麻薬でないという意味のことをいっています。
(観念的なカチカチな意味にとらないで下さい)
○受けた影響
ミレーの場合、彼が育てられた家庭の伝統の最も自然な現れであったという事が出来ます。聖書のように生活することが目的となっている善良な農家の子として生まれ、そのような人々の作品を残したのです。
ミレーが最も渇仰した作家は伝記によればミケランジェロでした。
技術上の勉強はフランスやイタリアの古典を学んだと思われます。
それからテオドルルソオ、コロー等は共に師であり友であり、お互いにあらゆる面ではげまし合っております。
○与えた影響
ヴァン・ゴッホは数多くの模写をしています。ミレー、ドラクロア、日本の浮世絵等、ゴッホはミレーのように描こうと思った時期があります。
勿論新しい現実の上に立ってです。
そしてミレーのような技術でなくて、印象派の技術によってです。
これはミレーの模写をしたゴッホの絵とミレーの絵と比べてみるとすぐわかりますから是非さがしてみて下さい。
ゴッホの画集には大方のっています。
ミレーの様に-とはミレーの様な態度でミレーの様な心情ということです。
一般的にはミレー程民衆に親しまれ、民衆のある時は母であり、父ある時は師であり友であるというふうにその絵が感じさせた絵はあるだろうかという時代がありました。
○作品に対する感想
作品の特色を書くとき一般的なかきかたをするか、自己の感じ(主観)を入れてかくかによってあらためて感想をかく必要があるかないかをきめる事になります。
この場合、もし改めてかくとすれば主観をもっとはっきりさせてかく事になります。
例えば、ミレーの絵は暗いといわれるがそれは表面上の感じでその暗さの内容をさぐってみると、ミレーは人間のほんとうに明るい精神を表現したのであると思える。
自分には暗いという感じはしないという意見をかくことです。
勿論、一般的な感想と同じであっても良いのです。
それから一時期、ミレーの「晩鐘」の複製画は世界に伝パンしました。
そういうことと、ミレーの画が若い人とほとんど無関係のように思える事を問題としてとり上げて感想をかいても良いと思います。
学んでゆくうちに好きになる事もあります。
好きになれなくても、ミレーは自己形成の師になる作家ですから、一応勉強してみて下さい。
ロママン・ロランのミレー伝、ベートーベン伝は是非よんで下さい。
岩波本であります。
画集も勿論見て下さい。
わかりにくいところがあったらすぐ連絡を下さい。
(大高:江明時代)
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